「子どものトラウマ」 西澤 哲



何がトラウマとなっているのかどうかは、主観的に理解するのは難しい場合が多いんじゃないかと思った。

例で挙げられてたような、幼少期の頃に父親が友人をレイプして殺害した記憶が、成人を経て、突然にその記憶が解凍される。フラッシュバックするほどな惨い記憶は、処理しきれずに、またの処理の機会を待ってるような感じらしく、発動する要因と出くわすと、なんとか過去の体験としての意識の中へ入れたいと。けれども、過去とはならずに残ってしまってる状態がトラウマのような感じらしい。きっと記憶の解凍がされないままの過ごしている人もいるだろうと。


治療として、その時の自分の年代のまま話したりして、受け止めてもらう。など。3つのR「再体験」「解放」「再統合」があるそうで、その中でも、話すことで解放されるというのは、大いにあると私もそう思いました。病院で薬を処方されて飲めば大丈夫と言われて飲み続けているある意味での受け身?で、いるよりも、自分からは話しにくいことを打ち明けて、それを受け止めてくれた体験を繰り返す、積極的な行動認知療法の方が、さらっと解決してしまいそうな気がする。”さらっ”と言っても、自分から発言するということが、どれだけハードルが高いのかということを考えると、その行動ができたこと自体が身体に大きな作用となるのでしょうね。


私自身もなかなか、自分の言葉では言いづらい体験や秘事というものは多々あります。どんな人でもそうだと思いますが、それを言える人と言えない人もいて、そのグラデーションが、家族、恋人、親友、友人、知人、他人と、綺麗になっていない状態の方が普通なんだよいうことにも、気づけるのが旅に出るようなことでもあるんじゃないかとも。そんなこんなで、若い頃はたくさん旅に出ては、一期一会、たくさんの人と会っていたようにも、自分でちょっと振り返ってみて思ったりもしたのでした。




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