「ブータンで本当の幸せについて考えてみました。「足るを知る」と経済成長は両立するのだろうか」本林靖久 / 高橋孝郎


 



そもそもこのGNHは、現在の国王の第4代国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク父君にあたる第4代国王の素朴な考え方から生まれました。第4代国王が即位したのは、彼がまだ16歳のときでした。父君の第3代国王が、病気により急死してしまったために、10代半ばにして国を背負うことになったのです。国王としてどのような国づくりを目指すかを考えるために彼が取った行動は、国中を歩き回って国民と対話することでした。ブータンは非常に山が多い地形なので、一つの村に行くにも山をいくつも越えて、数日歩き続けなければならないくらい、険しい道のりとなります。第4代国王が即位した70年代前半は道路もほとんど整備されていなかったので、旅の厳しさは想像を絶するものがあります。そんな中、自らの使命として国中の村を彼は訪ね歩き、国民との対話に時間をかけ、国民の生活の現状を肌で実感されたのです。

その旅を通じて国王が実感したのは、ブータンの人々は非常に貧しく慎ましい生活をしているけれども、皆幸せに暮らしているということ。温かい家族に囲まれて、仏教の伝統に基づいた豊かな精神性があり、どこの村でも人々は幸せに潜れている。自分は国王として、この幸せを守っていかなければならないと思ったのです。それが、国民の幸せを第一に考えた国づくりをしようと、第4代国王が考えることになったきっかけです。

わずか16歳での即位しての国王の行動力・・・!考えられないことです。選挙でも顔と顔を合わせると、自然となんとなく誰でも応援したくなるような気持ちも芽生えそうですが、国王が直々に私たちの村へとお越し頂くなんてことがあったら、それはもう感謝でしかないですよね。ありがたみ。。。、というような言葉。愛というか慈悲というか。そういう清らかな気持ちになります。それは、天皇皇后両陛下を少しでも謁見できた時の気持ちとも重なるかと思います。それが、対話できるなんてなったらもう・・・その国に生まれてよかったとしか思えないです。





例えばブータンの建築は、必ず伝統建築様式を取り入れるという規制が敷かれています。日本のマンションのようにコンクリート打ちっぱなしのものは造らず、窓枠等外観は伝統様式にしなければならないのです。伝統文化保全の別の例として、民族衣装の着用の義務化があります。ブータンでは職務中は民族衣装を着ることが義務づけられています。タクシー、トラックの運転手や南部の熱帯地域で働く人々も例外、民族衣装のゴとキラを着た家族ではありません。私自身は外国人なので着る義務はなかったのですが、一人だけスーツでいるのも浮いてしまうし、ブータンでは現地の文化に合わせたかったので、毎日職場には民族衣装を着て通っていました。

私は、着物を着たい派なのですが、現代では、「お茶をやってます」「投扇興をやってます」「ちょっと歌舞伎を見に・・・」などなど着物を着る理由を探さなくてはならない私からすると「えっ?着ていいの?!」と、願ったり叶ったりな感じですが、真夏だけは半袖短パンでどうにか許してほしい…と、思う気持ちも。バリでも寺院を参拝する時には正装しなきゃいけないと、おかりした服装は、とっても気に入ってレストランでもそれで食べてたら、地元民にジロジロ見られてしまいました 笑 私の普段着問題がずっとあります。んーーー。やはり義務ということは、文化を繋いでいく上で大切かもしれません。





「仏教では諸行無常を信じていますが、そんな中でも変えるべきではない価値観があると思っています。それは、他者への思いやり、愛、年上への敬意、子どもを大切にする気持ちなどです。これらは、世代を越えて伝えるべき価値観です。GNHは、それを社会全体で守っていこうとする取り組みです。

「文化の多様性」では、母語を話すかどうか(ブータンは山を越えると言葉が違うと言われるほど多言語国家です)、地元のお祭りに参加するかなどの伝統文化に直接関係する質問に加えて、ブータン人がここ最近思いやりを失くしていないか、以前よりも物欲に走っていないか、子どもが親や祖父母を敬うか、正直か、他者に優しいか、勤勉か、貧富の分け隔てなく接するか等の価値観に関する質問も大きな部分を占めているのが特徴です。

先述したGNH委員会の長官は、「幸せにとって一番大事なのは、時間の使い方だ」と言っていました。死ぬときに本当に考えることというのは、どれくらい満足のいく時間を、家族や大切な人々と一緒に過ごせたか。お金をいくら稼いだり、どれだけ出世したりしたかという表面的なことは死を前にしては大きな意味を持たない。もし今幸せを感じられていない状態だとしたら、24時間の使い方を紙に書きだしてみて、それを納得の行く配分に変える努力をするのが幸せへの意外な近道だそうです。

「GNHは、バランスをとるということ。物質的豊かさと、精神的豊かさのバランス。体と心のニーズのバランス。私にとってGNHとは、バランスをとることだと思います。

当たり前に、祖父祖母から言われてきたこと、やっていて見てきたことって案外仏教の話なのかと思うと…、ありがとうと思い、その感謝を伝えたいのは、祖父祖母よりもっと遠いブータンのみなさんでも同じかと思えてきました。にしても、仏教伝来って日本の方が早かったり?だったような。そう思うと神道でもあるけど、やっぱり仏教からの教育はされているですよねって改めて感じるばかりです。

何事もバランス…1番大事ですよね。そして、山を越えると違う言葉というのは「相手は違う」という前提でものが話せるので、それって素晴らしい距離感だと思うんですよね。分かり合えないってことから始まるのが。そして、24時間の使い方・・・・、リアルに恥ずかしいくらい個人的に書き出してみたいと思います。




図15は、2010年のGNH調査で「ブータン人の物質的豊かさへの関心」の変化を聞いたものです。実に88%の人が、ここ数年でブータン人が物質的豊かさへの関心を増やしていると感じています。敬虔な仏教徒の国として「足るを知る」生き方をしているイメージのあるブータンで、なぜ消費が一気に拡大してしまったのか。それにはいくつかの要因が絡み合っています。まず1つは情報の急速な流入です。先代の第4代国王は、伝統的な価値観への影響を懸念し、長らくテレビを禁止していました。しかし、グローバル化によって情報化社会が加速する中でブータンだけがその恩恵を無視し続けることは得策ではないと考え、1999年にテレビとインターネットを解禁。テレビが解禁されると、隣国のインドのチャンネルを見ることが可能になりました。テレビ番組を通じてさまざまな情報に触れるとともに、CMが購買意欲を刺する。そうやって情報が一気に雪崩のように押し寄せたことによって消費が喚起されたのです。

3つ目は貨幣経済の歴史が浅いことです。特に農村では、ブータンは最近まで物々交換の国でした。自分のところで米が穫れたら、それをチーズや塩と交換をする。ほとんど現金が必要ない社会だったのです。現金が要るようになったのは、教育水準の向上で子どもの制服を買わないといけなくなったり、都市化が進んだりした非常に最近のこと。なので、まだまだお金に関する知識、いわゆる金融リテラシーが低いのです。それが、計画性なく浪費したり、収入に見合わないようなローンを安易に組んだりすることに繋がりました。最後の要因は、国民性として、今を非常に大切にするという姿勢があることです。ブータン人の仏教観から、諸行無常の中で人の命も儚く、いつ死が訪れるかわからない。そうであれば、今が幸せでいることが大事だと考える。今の自分の欲望に素直に従って生きているのです。今車が欲しかったら車を買うし、ローンが組めるのだったら、ローンを組んででも物を買うことを我慢しない。そういう国民性が消費の拡大に繋がった面もあると思います。

ある意味、日本も高度経済成長期で、もっと早くの時期に同じ道を辿ってきただろうと思うわけですが、消費することが幸せみたいな嘘で、でも経済が回ったわけですよねきっと。物々交換で事足りていたと感じられていた世界から、一気に「足りない!あれもこれもほしい!」となると、、、やっぱり気持ちとして幸せには感じないですよね。私は割と物欲がないほうですが、逆に買うというよりも「出会う」ような方を求めてしまっているかもしれません。その方がお金よりも価値があると感じています。だから物々交換の方が、私はお金でなんでも買える価値よりも、違うもっと、形のない価値の方が、嬉しいです・・・よね。たとえそれが求めていないものだとしても、それっていつか何かの役に立つかもしれないという可能性を秘めている、そんな冒険心に「生きている」って感じがします。確実に必要なものを、安く早くamazonで買うことに、何も心は動きません。







ブータン人の宗教世界観とその行動様式の特徴を要約すれば、輪廻転生をじ、良き師の教えに従って、善い行いをすることであり、この世においても、来世においても、また、幾世にも渡って功徳を積み上げ、究極の目的である悟り、つまり解脱を得るために努力を続けることに主眼が置かれている点を指摘できると思います。そのことは日常の倍仰表現のなかにも見かけることができます。ブータン人は「オム・マ・ニ・ペ・メ・フム」という観音菩薩の六字の真言を唱えます。「オムマニペメフム」とは「蓮のうてなの宝珠に幸いあれ」と訳されますが、「オム」は天上界、「マ」は阿修羅界、「二」は人間界、「ペ」は畜生界、「メ」は餓鬼界、「フム」は地獄界を意味し、その六道のいずれの世界へも生まれ変わる道を塞ぐ御利益があると言います。つまり、この真言を唱えることによって、輪廻転生のサイクルから脱して、ブッダの境地、涅槃の境地に安住することができると肩じられるということです。このことを解脱と言います。

日本との大きな違いの一つに、ブータンでは墓がないことが挙げられます。火葬で弔ったあと、灰や骨のほとんどは川に流します。一部の遺骨を持ち帰り、砕いて粉にし、粘土と混ぜて型で抜き、高さ5センチほどの「ツァツァ」と呼ばれる円錐形の塔をたくさん作ります。ツァツァは寺院などの宗教施設の外壁や風通しのよい場所に並べられますが、ヒマラヤから吹く強い風によって、ツァツァは風化し、2、3年もすれば跡形もなく消えてしまいます。ブータンの人々は、「風は宇宙の息である」と言いますが、ヒマラヤから吹きおろす強い風によって、死者の魂はこの世とあの世を往来します。そのため、ツァツァ作りは、魂を解き放つという意味があるのです。ブータンでは死後49日経てば、何かに生まれ変わると言じられています。したがって、供養は次の生へ輪廻するまでの中有(中陰)の間だけとなり、それゆえ墓を建てて供養し続ける必要がないと考えるのです。

来年はブータンに行くことを決めてしまった(有言実行をモットーにがんばってます。それくらいに言葉というのは力があることも)ですが、その、オムマニペメフムの六語を現地で聞ける日を楽しみにしています。私の家は真言宗智山派なので光明真言は、オンアボキャベーロシャノウ、マカボダラマニハンロマジン バラバリハリタヤウって感じのものです。お経をあげてくれる度に子どもの頃から「なんだろう?おもしろい」と耳で覚えました。これも通じるのかな・・・。唱えられるのは簡単なのに、いざ書くってなると大変なのは面白いですね。これってきっと書くものはないのでしょう。

そして、ツァツァ・・・!衝撃です。49日後には生まれ変わっているからさようならというカラッとした世界観、好きです。そして、宇宙からの息で、風化していく・・・というのも。そのこの世とあの世の間があるってことが、間の存在を意識しているところが好きなのかもしれません。墓石って重たいし、けっこう一家揃って窮屈そうだから入りたくないって思っていた私にはピッタリな。

間という点では、ブータンの人にとっての「夢」ってどういうことなのかも、大変に聞いてみたいです。。。


 


皆さんブータンというと、「足るを知る」「清貧ー賛しくてもつつましく生きている」というイメージがあると思うのですが、実際は、特に都市部において消費が旺盛になってきています。「日本人はブータン人に対して「足るを知る」というイメージがあるんだけど」という話をしたら、「それは昔の話だよ」と言うブータン人の友人もいました。

最初は私自身も違和感がありました。ただ、近年の消費行動は、決してブータン人のこれまでの幸せに関する価値観から説明できないことはないのです。まず一つの大きな理由は、ブータン人には「今の幸せ」を優先する姿勢があるということです。これは日本人と比較すると分かりやすいですが、日本人はどちらかというと将来に備えるために、「今の幸せ」を犠牲にする傾向があると思います。今使うのを我慢して将来のために貯蓄するという構造です。それがブータン人はまったく逆で、仏教の諸行無常の中でいつ死ぬか分からないと思っているので、今欲しいと思ったらそれを買う。今したいと思ったことは、今実行に移す。そんな先のためにいっぱい貯金しても、明日死ぬかもしれない。今が幸せなことが大事なのです。

世間が狭いのもブータンの特徴です。人口が70万人しかいないことに加えて親戚が多いので、ほとんど皆が何かしら繋がっています。首相が親戚だとか国王や王妃と同級生だったとかいう話が日常茶飯事です。知り合いの知り合いで成り立っている規模なので、日本のような大きな社会であるがゆえの「こうあるべき」というプレッシャーは弱く、それがストレスの少ない社会を生み出しています。「落ちこぼれ」だなんて気にするブータン人は見かけません。そんな社会が、ブータン人の変わらない助け合い・思いやりの精神によって支えられています。例えば職場では、誰かの家族が病気になったりお亡くなりになったとき、すぐにカンパを集める動きが生まれます。

今!本当に、日本人は地震も多い国だからこそ、不安を感じやすい民族というのは何かの本で読みましたが、今を楽しめても、すぐに「あっ明日、朝早いんですよーすんません!お先です!」って、スーッと我に帰らざるを得ない真面目さを、日本で生活していく上では求められている気がします。なんでしょう。昔から助け合って生きてきたはずだけど「恩」の返し合いが面倒だったり、恥だったり、穢れだったり、誰かと関わることで”もらってしまう”みたいな、そういう精神的ダメージというのでしょうか。そういうねちっこい嫌な部分も多いにありそうな気がします。日本って湿気多いし。そういうところから、みんな前もって離れたいんでしょうね。



2度目の機会は、その約1カ月後に訪れました。両親がブータンを訪れたので、パロで開かれる由緒あるお祭り(ツェチュと呼ばれる)を見物しに行ったときです。お祭りは数日続く盛大なものですが、パロでは初日だけゾンというお城の中で開かれます。その初日に偶然国王夫妻がお祭りを見に来られたのです。遠くからお二人の姿を拝見できただけでも幸運と思っていたところ、たまたま、お二人が我々の近くにいらっしゃる機会があり、王妃陛下が、「先日お会いしましたよね」と声をかけて下さったのです。覚えて下さっていたことに感激し、両親が日本から訪れていることを伝えると、国王陛下が「それは素晴らしい」と言って両親に優しく話しかけて下さいました。外国人である我々にも腰を低くして温かく、そして真摯に接して下さる国王に接し、「人々の王」と言われる所以を肌で納得しました。ブータンの国民の幸せには、この偉大かつ親近感のあるリーダーの存在が非常に大きな部分を占めていると思います。

なんでしょう。このお話だけで泣けてきます。そうできるのも、その時だけそうしているわけじゃなくて、ずっと誰に対してもそうして生きているからなんでしょうね・・・。なんというか、歓送迎会の形だけやってあとは、ほぼいつも通りみたいなそんな生活の中では、なかなかに生まれない空気だと思うわけです。毎日がそういう風だったら、どんなに・・・。マニ車の女性の話もありましたが、2年後にいってもその方は、その場で、マニ車を回して笑顔でいるんですよね。。。「帰れる場所」ってそういうことな気がします。ブータンには帰るって感覚もないのかもしれないですが、行ったり来たりするような、またどこかで会おうねっていう、優しさがあるんでしょうか。

全然関係ないかもですが、世界中で旅をしていたとしてもどこでもオンラインで、遠く旅立ったはずなのに、この物理的に歩いたら果てしなく遠い場所に住んでいる友達と会話できてしまうのが当たり前な世の中、私たちはいかにして中心を築けるのでしょうか。そういうことからでしょうか。





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