なぜドライカレーに干しブドウが入っているのか分かる時
食べたいものはいつも、ほとんどどんな時でも同じで、
まず、沖縄料理。そこからタイ料理、ベトナム料理、無国籍料理、タコス、ジンギスカン
そしてカレー。(インド系の辛くないやつ)
これらはいつでもウェルカムで、
逆に毎日和食というのは、ちょっと勘弁という気持ちになってくる。
今日食べた成城石井のドライカレーに干しぶどうが入っていた。
大人になったら味覚が変わるとは良くいいますが、
前なら、特にいらないでしょって思っていたものが
「これはありがとう!よくぞ入れてくれた!」と、
カシューナッツの代え難いありがたみと共に、感動する。
そして、毎日でも食べたくなってしまう。
沖縄料理のゴーヤとラフテー。タイとベトナムのパクチー。
タコスのトウモロコシ感。羊のあの匂い。
これだけ日常食が偏っているのが当たり前になると、
時々、遠い祖先は日本人じゃないんじゃないかなーと真剣に思う。
特に食欲に感けているわけではないのですが、
あまりオニギリを食べたいとは思わないし、ここのところ
お味噌汁もあんまり食べていない。
「ご飯」が炊きあがると・・・やっぱりカレーを作ろうという思考回路になっている。
温かい汁物を、真冬でもあまり欲しない感じからすると、
やっぱり温かい地域の人なんじゃないかと。
やっぱり、必用としているものを食べていたいなぁと。
きっと「ドライカレー」に「干しぶどう」が入っているような
奇跡的な組み合わせが日常でも日々起きていたら、毎日幸せな気がしました。
たとえば・・・やろうと思っていたことを、誰かがちょうどやろうとしてたり?
お腹減ったってタイミングで
誰かが、偶然差し入れしてくれたり?
苦手な虫を、ササッと誰かが片付けてくれたり?
家の中から大雨の雷を鑑賞してる時のような?