コミュニケーションって

ミャンマー ミャンマーの人 旅先 旅 ゲストハウス 写真 アジア

私は幼稚園くらいの時に、家の前で姉と一緒に縄跳びをよくしていました。 
そして、ときどき郵便受けの塀に隠れた姉から、
「知らない人が通り過ぎたら手をふってみて」
と言われるまま、1人で手をふっていました。
半分の人は手を振り返してくれて、
半分の人は、何もしてくれなかったように記憶しています。

一人旅が大好きだった私は、旅先で色々な人と話をしてきました。
そんなこともあってか割と、誰か他人と話すことへの抵抗感は、
もちろん、感じていないわけではないのですが、他の人に比べて、だいぶ低いようで、
今でも、割に気になる人には話しかけてみたりする方だったりします。
なんとも返答がない人、逆に、私よりもたくさん喋る人、気を使ってたくさん喋る人、
本当にお話が好きな静かな人もいます。
その反応の割合ってのは、手を降っていた頃と変わらない気もします。

人と人とが出会って、話をする。
そして、他人と他人が知人になって、気が合えば友達になる。
友達とは、気兼ねなく喋るし、出かけるし、遊ぶ。
それはある意味、友達じゃない人とは関係を積極的には持たなくても
済むようになれるっていう当たり前が潜んでいるかもしれない。
友達さえいれば他人は別にいいというような。
でも、その友達も元々は他人だったわけなんです。
だから、他人は友達にもなれるわけなんですが、
facebookLINEってのは、その知り合いという結束力の窮屈さを
強めているんじゃないかって危惧する場面と最近よく出くわします。
平気で他人を無視したり、輪の中の人とでしか暮らしていない感じがします。

確かに、初めての人と会うのってちょっと大変で面倒かもしれません。
でも、案外自分にとって近い人だと思うんです。
人との出会いは、自分を知らぬ間に楽しく変えてくれるきっかけともなると思うので
そんな、旅先の宿で生の誰かとすれ違うくらいな感覚で、
コミュニケーションが芽生える場ができたらいいな。

そんな思いがあっての「ランドリー」だったりします。


( 写真は高校生の時に旅したミャンマーで出会った人達の写真です。みんな元気かなーっ

コメント

人気の投稿